サガプリヤとの一問一答
『瞬間、この瞬間を生きてください。』
※2011年7月 サガプリヤから日本人へ届けられたメッセージ
東日本大震災が起きた、2011年の夏。サイキック・マッサージのトレーナー 石村まてぃが、7月イタリア在住のサガプリヤを訪問しました。その際、日本人のギバー達から託された、彼女への質問と答えをこちらで紹介しています。
Q:いま児童クラブで働いていますが、市役所側から放射能に関する問題は自分からいっさい話すなと言われてます。親も、放射能に対する問題意識は今の所有りません。
子供達を外遊びをさせているなかで、罪悪感とサバイバルの恐怖が時々やって来ます。自分の中に抵抗するものが塊になってつかえた感じです。
これをどんな視点で観たらいいのでしょうか。
A:あなたは仕事を変えなければなりません。(She has to change the job.)
企業のオーナーは、いつも自分の意見とルールを持っています。それと 合わないのであれば、自分に合うところを見つける必要があるでしょう。
あなたは、自分の意見やあり方にあった職場を見つける必要があります。人は条件付けに留まっていて、自分の自由を失っています。
自分のエネルギーを 新しい場所と仕事先を見つけることに 注いでください。通常、人々は自由になりたがりますが、家族や社会に根付いています。
本当に自由を求めるなら、自分を出来るだけ自由な状態にして、自分に合った職場を見つけてください。
※上記の答えを受けて、まてぃが自分の感じたことを質問しました。
Q:でも、なかなか住まいや仕事を変えるのは大変ですが……
A:そうです。それは決して簡単ではありません。
そのまま留まることも選択です。でも自分を家族や社会の条件付けから自由になるようにエネルギーを注いで、本当の自由を手に入れる。
それがサニヤシン(※)のあり方でもあります。
※サニヤシン:自分の生きる道を探究する探求者。OSHOの弟子。
OSHO(1931-1990)インドの神秘家。現代人向けのアクティブ瞑想を開発、世界へ向けて数多くの講話も残している。
Q:サイキックマッサージと出会ってから、YESということ、あるがままにくつろぐことを知りました。以前よりずっと満たされた感じがあります。何をすることもなく。
ところが最近になって、私の瞑想は深まっていない、ある場所で止まってしまっているような気がしてきました。
深いところへ行きたいと思うようになりました。トータルに今ここに存在したいです。エンライトへの憧れが生まれたのかも知れません。
こう感じるのは、本当にくつろいではいないからでしょうか。またそのように感じること、瞑想に深まりを求めることは、欲望なのでしょうか?
今の私は「私は何も知らないんだ」という所にいます。積極的にセッションをすることはなくなりました。自分を認めるという意味では、このフィーリングこそを大切にしたいのです。
私は一体、どこに向かっているのか(瞑想が起こっているのかマインドなのか)時々わからなくなります。
何かコメントいただければ幸いです。
A:この状態は成長を表しています。
OSHOは言いました。
「この瞑想へのあこがれだけが、意味ある欲望だ」と。
これを信頼してください。正しいことが起きています。
時々は、瞑想はあなたを深みへとまた拡がりへと連れていくでしょう。また時には退屈に平坦に感じることもあるでしょう。それは問題ではありません。
体験はいつも外側のものであり、内側だけが、スペースそして喜びへとあなたを連れていきます。外側の体験には、始まりと終わりがあります。
そして瞑想だけが、あなたをこの瞬間に生きることへと誘うでしょう。
Q:瞑想はわかりません。
生も光も愛も調和も何もわかりません。
でもOSHOと生きたいのは変わらない。
どうしましょう?
脱皮はできるのでしょうか?
A:私も、残ったものは“OSHO”だけです。
OSHOは言いました。
「意識だけが、“自分のものだ”と言えることだ。他はすべて存在に属している― 」と。
BFも仕事もある日終わっていきます。
だから、それらがあってもなくても、平等にこの瞬間を楽しんでください。
そして生をお祝いにしてください。
愛とセレブレーションの質で満たしてください。
他はすべて外側なのですから……
Q:オイルマッサージをほぼ毎日自分にしてますが、洗濯をしても服もタオルもシーツもべったりだし、黄ばみが取れません。ケミカル洗剤は使いたくないし、どうしたら油がおちますか?
A:私も同じ問題を持っていました。オイルの代りに、クリームを使うしか方法はありませんでした。